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ネット心中?
a0035483_1525167.jpgExcite エキサイト : 社会ニュース
ネットで知り合った人たちが、手首をビニール紐で結びあって、車の中で練炭炊いて睡眠薬飲んで、集団自殺したそうです。

どうして、誰かと一緒に自殺したいなんて思うんだろう。わたしには全くわからない。だってそれって、すっごいシアワセな恋愛してるときに感じる「あぁもう死ぬときまでこうしてたいこの絶頂状態で死んでしまいたい彼と一緒にいるときに人生が終わったらこれってすごくシアワセかもしれない」っていうのとは違うよね。

↑親犬が子犬の紐をくわえて散歩中。あまりのかわいさに興奮してぶれた…






日ごろから群れる習性のないわたしは、ひとりでいることを割と好む。もちろん集団でバカやったり誰かと時間を共有することも楽しいし、それはそれで好きだけれど、やっぱり気持ちのリセットにはひとりでいる時間が必要。死にたくなったことだって当たり前にあるけれど、それはやっぱりひとりでけりをつけたい的な思いであって、ネットでそういうサイトを探して仲間を見つけようなんて発想は微塵も浮かばなかった。そもそもなんでひとりじゃだめなのか?どうしてひとりじゃ死なない(死ねない)のに集団だと死ねるのか?死にたいのか?

2~3日前にこの事件をニュースで見て、ずっと考えているんだけれど全然わからない。集団自殺する人も、したがる人も、わたしとは人種が違う人間たちなんだろうか。そう考えてしまえば早いけれど、でもどうしてもその心理が気にかかるのです。例えば、父親が山のような借金つくってどうしようもなくなって家族で無理心中、とかってのがよっぽどわかる気がするのに。

生きているときにずっと孤独を感じていて、ずっとひとりで、だから死ぬときくらいは誰かと一緒に…。とかなら、まだ頭のわるいわたしにも理解できそうな気がする。でも、それ系のサイトを検索してみたら、そんな人はほぼいなかった。「ひとりじゃ踏み切れないけど誰かがいれば死ねる。誰か一緒に死んでください」「山梨県。薬持ってます。一緒に死んでくれる女性募集中」

「ひとりじゃ踏み切れない」人は本当に死にたいんだろうか。本当に死にたかったら一人だろうと死んでると思ってしまう。ネットなんかに書き込みしてる余裕ないと思う。なんでこの人は女性に限定して募集してるんだろう。なんで「山梨」とか、死ぬときまで狭い領域を作るんだろう。

「踏み切れない」って人は本当に死にたいのかな。
わたしは一時期学校にも行けなくなって家からも全然出れなくなって、ただ毎日部屋の中で死ぬことだけを考えてた。いつでも死ねるから、その「いつ」を見定めるように毎日過ごしてた。「生きてればいいことある」なんて最低な言葉だと知った。いつかあるかもしれない「いいこと」なんかより今を終わらせてしまいたかった。「死ぬ気でやればなんだってできる」なんて絶対嘘だと思った。死ぬのなんて簡単だった。簡単すぎて拍子抜けしそうなくらいすぐそばにあった。ちょっと線越えればすぐ死ねそうだった。

でもだから簡単すぎて死ねなかった。あっさり死ぬより、わたしはもっともっとひどい目にあうべきだと思った。死ぬことで逃げるなんてきっと許されないだろうと思った。もっとずっとずっとずっと苦しむべきだと思った。そしてそれはそのまま生きることに他ならなかった。


わたしは死ななかったけど、それは結局死にたくなかったんだろうと思う。死ぬ死ぬ言ってる人に限って生きることに執着している。ただ現状を変えることを他力本願に望んでいるか、発想力がなくて自殺しか思いつかないだけだ。本当に死を望んだ人は、何もいわず、あっさり死んでしまうんだと思う。屋上から飛び降りてしまった亮のように。

本当に死にたいなら死ねと言いたい。悩むんなら生きろと言いたい。誰かと一緒じゃないと死ねないなんて最低。自分の人生は自分ひとりで決着つけるべきだと思っている。周りを巻き込むな。最低。



このブログを見てもらうとわかるけど、わたしは今かなりふつうの生活を送っています。

当時同じ学校に通っていて、今も連絡を取っている唯一の友人に、この時期のわたしの音信不通ぶりのことを聞かれたことがありました。「死ぬ」っていう選択肢ができてたことは、誰にも言ったことがなかったけれど、彼にはなんでも話してしまうという心の油断から、軽くさらっと(それでもやっぱりなにからなにまで話すことはできない)口から出てしまいました。

「馬鹿だ」「なんで」とか「もうそういうのやめろ」とか「死んでどうなる」「死ぬな」「がんばれ」「生きてればいいことが」だの、そういう当たり前のことをきっと言われるんだろうなぁと即座に思いました。

でも彼は何も言わず、わたしのことを全然見ず、それ以上理由を追求したりもせずに、前を向いたまま(そのとき車に乗っていた) 黙って聞いていました。そして最後に、「もしお前が死んだら、俺は “なんで救ってやれなかったんだろう”って一生後悔し続ける」 とだけ言いました。わたしは助手席に座っていて、やっぱり彼の方を見ることができなくて、前だけ見ながら、涙が落ちてしまわないように必死でした。どうして気づかなかったんだろう。なんて自分勝手な選択をしようとしていたんだろう。そして私はもう絶対に死ねないと思いました。

一生後悔、なんて、嘘かもしれないし、大袈裟に言ったのかもしれないし、彼なりのただの励ましだったのかもしれません。でも、わたしにはそのときそれが「彼の本当」だった。彼に、一生後悔する人生なんて送らせたくないから、彼の人生を無駄にしたくないから、わたしはもう自分から死を選ぶことは絶対にありません。「死ねない理由」がある今、わたしは自分のことをなんて幸福な人間なんだろうと思います。

(こんなブログのタイトルですけどね)
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by manamizw | 2004-10-14 15:20 | days