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ロスト・イン・トランスレーション
a0035483_1640329.jpgLOST IN TRANSLATION
(2003年アメリカ/日本)
2004/11/26@早稲田松竹


この人生はどこに向かっているんだろう。
今の自分は本当に幸せなんだろうか。

漠然とした不安。
孤独。
焦燥。

そういうのをきれいにまとめちゃった映画。(ほめ言葉です)

以下、ネタバレあります。(超長文)



ソフィア・コッポラをほめたたえていると、ある種の偏見で見られそう(特に否定派の方々から)な気がしないでもないのですが、人物に言葉を発させずに描くリアルな感情表現と、全体を通して感じられるセンスのよさは、率直にすごいと思っているし、大好きです。これは『ヴァージン・スーサイズ』を観たときにも感じたことですが。

例えば人が楽しんでいるとき、悲しんでいるとき、笑ってるとか怒ってるとか泣いてるとかっていうのは、誰が見てもわかりやすいですよね。でもこの人の映画には、そこにひっそり流れている信頼感・安堵の気持ち(『ヴァージン・スーサイズ』でいうと恋愛の疼きと喪失感、若さに対する焦燥感、虚無感なのですが)が、言葉では何も語られていないのにも関わらず、見ているだけでダイレクトに響いてくるのです。

それは、誰かと一緒に笑ったり怒ったり泣いたりするよりも、なにも喋らないでただ一緒にいるだけなのになぜか感じる居心地の良さみたいなものの方がわたしには印象に残りやすいからかもしれない。ばかみたいだけど、見てるだけで切なくなってしまう。


a0035483_16422036.jpg直訳すると、「翻訳でうしなわれるもの」っていうタイトルだけど、たとえ同じ言語を話していたとしてもわかりあえないときって絶対あると思いませんか?

「なんでこの気持ちわかってもらえないんだろう」
「なんでこんなにも通じ合えないんだろう」
「(言葉の意味は理解できるけど)わたしはそんなふうに感じられない」

この映画が主題としているものは、当たり前の日常生活
a0035483_16532285.jpgの中に潜むそういうもどかしさなんじゃないかと思いました。慣れない異国の地と、理解できない文化と言語の中に放り出されたというシチュエーションは、それを映画的に、わかりやすく強調しているだけに過ぎないのでは?同じ国出身で同じ言語を話しているはずなのに、シャーロットがカメラマンの夫との結婚生活に感じていることと、ボブがその妻子との生活に感じている気持ちを思えば、そんな気もします。

別に旅先じゃなくたって、知らない国に行かなくたって、地球を半周しなくたって、誰もが感じている孤独感。ひとりでいるからさびしいってわけじゃない。周りに人がいても感じてしまう疎外感。この映画はその痛いところを衝いてきてる。少なくともわたしはそうでした。アメリカ公開時のキャッチ"everyone wants to be found"って、かなりいい線いってるよね。と妙に納得しました。

affair未満friendship以上という二人の関係性と、全編通して流れる空気感、音楽を含めて、がすごくいいかんじで調和していた。ごちゃごちゃした派手さが無機質さを強調するトーキョウという街並み。日本や日本人の描き方が良くないとか言われてるみたいだけど、わたしはそんな不満は全然感じませんでした。

旅先で他人と心が通うっていうのは、『恋人までの距離(ディスタンス)』なんかと状況は同じだけど、『恋人までの~』が会話をすることによってどんどんお互いのことを知り、恋愛濃度が高まっていくのに対して、この映画の二人は、おそらく最初に出会った瞬間からわかりあえてる部分が大きいと感じた。時間を共にすごすことによって理解しあうのではなく、最初に感じたことをただ確認しあってるに過ぎない。ボブとシャーロットは、『恋人までの~』の二人ほど長ったらしい会話をしない。もちろん二人のときはいつも話をしているのだけれど、それはもっとずっと控えめな印象。だから前者が、お互いを知るにつれて恋愛というものにかたちを変えていくのに対して、後者はいわゆる旅先のアヴァンチュールには決してならない。最初に理解しあっているという前提をお互いに認識しているから、そこから発展することも後退することもないのだろう。


ほかのサイトなんかを見てると、ビル・マーレイが『天才マックスの世界』のときと同じくらい良い、とか書かれているのを多く目にしました。確かにあのときのもよかったな。今回もいいですね。おじさま好きなので、心奪われました。

あとはシャーロットが友達に電話してて泣いちゃうシーンも印象的でした。きれいなお寺とか、いっぱい見たのに、
「でも何も感じないの」

a0035483_16571881.jpg最後のシーンは、ついうっかり泣いてしまいました。油断しました。涙が落っこちた。

ところで、「今回の滞在が楽しすぎるから、もう東京には来たくない」
でも、わたしならまた来ちゃうと思うな。この切ない痛さをずっと忘れないために。

読んでくれた方サンキューです!

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by manamizw | 2004-11-30 17:34 | cinefil