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思い出すのは放課後の海
わたしは海辺の町で育った。日常のすぐ先に海があるのは当たり前の風景だった。
春になると防風林の松から飛ぶ黄色い花粉が、洗濯物や車を汚した。

すぐ近くには自衛隊の航空基地があって、年中飛行機の轟音がしていた。
夏に行われる航空ショウのためのアクロバッティングな練習飛行は
ピンクとか青とか黄色のカラフルな飛行機雲を残す。
わたしにとって飛行機は意味もなく旋回したり円を描いたりハート型の飛行機雲を残したりする
見せ物以外の何ものでもなかった。
町中に植えられた真っ赤な町花と、青い空、飛行機雲。
わたしのこの町の記憶は夏のものしか残っていない。






10分も歩けば海に出たけど、きれいな砂浜に波打つ海を見るには少し遠回りが必要だった。
そして遠回りをしてわざわざ海に寄り道していたのは中学生のときだった。
秘密にしようなんて決めてたわけじゃないのに、わたしもミキも誰にもその話をしていなかった。

ミキは隣の隣のクラスの女の子で、小5のときに同じクラスになってから
ずっと仲が良かった。本当に好きと思える友達はわたしには当時彼女しかいなかった。

わたしはそのとき自分のクラスの子と仲良くなることができなかった。
表面上は大抵の子とうまくやってたし、休日もその子たちと一緒に過ごしたりしていた。
そして彼女たちはわたしを「親友」という得体の知れない範疇に分類してくれていた。

でもわたしはその子たちのことを「親友」だなんて思ったことは一度もない。
むしろこんなクラスのバカどもに心を開く気にはなれないとわたしは思っていた。
わたしは自分の周りの同年代の子を、一部の人を除いて完璧に見下していた。
本当に可愛げのない中学生だった。自分のことは棚に上げて周りの人を壁の向こうに遠ざける、
わたしの今の人間性はもうこの頃にはすでに確立されていたんだ。
自分が本当にくだらない人間だったと気づいてからは
見下すんじゃなくて、ただ単に怖いから遠ざけてしまうんだけど。

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わたしとミキは別にそこが海じゃなくてもするような会話を、ただ延々と話していた。
大した話じゃない。

たいていは堤防に座って話してて
ときどき制服のまま膝まで海に入って必ず毎回「冷てーーーーーー!!!!」と絶叫して
それでも飽きずに何度も繰り返した。

砂浜に変なオブジェ作って喜んでるわたしを見てミキは「おまえコドモじゃん」とよく言った。
中学生時代にわたしのことを「子供」と言った同年代はミキしかいなかった。
別に大人ぶってたわけじゃないけど
わたしは自分を他人からガードしていた。
親しみやすい人のふりをしていて、わたし自身は誰にも親しみを感じていなかった。
でもわたしは彼女だけは好きだった。そして彼女の前では素だったんだ。

嘘をつくとか
思ってもいないことを口にするとか
言いたくないことに口を噤むとか
当たり障りのない言葉に逃げるとか、
日常的に何の疑問も持たずに繰り返していることが
彼女の前では無意味だった。
もちろん彼女に何でも話していたわけでも、秘密を全部共有していたわけでもない。
でもわたしは初めて誰かの前で素になれることの気楽さを感じたんだ。

別々の高校に進学してからは会う回数も減って、遊ぶこともあまりなくなった。
住む場所も変わって、疎遠になった。

最後にミキに会ったのはもう何年も前の夏だ。
そのときすでに久しぶりの再会だったわたしたちはまたあの海に行った。
花火とビール持って。
久しぶりに会ったっていっても、話す内容は相変わらず他愛無くって
それが本当にうれしかった。
最高に天気いい海で飲む昼間のビールは最高に気分よくって
文字通り笑い転げた。強風に煽られてなかなか火がつかない花火を
全部使い切ったときは、潮風と汗でベタベタした体にさえ爽快感があった。
チャリに乗ったまんま撮ったわたしとミキの写真は斜めってた。





実家自体が引っ越してしまったので、実家に帰ってもあの海に行くことはもうなくなってしまった。
でもまた行ってみたいと思った。この写真を見つけ出してから。
目を上げると青い表紙が目に入った。魚喃キリコの『blue』だった。
もう何度も読んでるのに、また同じところで泣いてしまった。
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by manamizw | 2005-02-23 20:38 | days