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ぼくを葬る
a0035483_4315121.jpgLE TEMPS QUI RESTE
TIME TO LEAVE
(2005年フランス)
2006/5/24@シャンテ


末期癌、余命3ヶ月。
『死ぬまでにしたい10のこと』ver.オゾン

いやもういかにもオゾンな映画でしたねー
いい意味と悪い意味で。

わたしは自分の死期を知りたい。
いろんなことをやり残して死ぬことが恐い。
つまりそれって、今をちんたら生きてるってことだけど。
そういう人って死期が解ったからって
必死になれんのかよ、だったら今から必死に生きろよ、っても思うんだけど。

以下 ねたばらしまくり。




ロマンは自分がもうすぐ死ぬことを家族に言わない。
恋人にも言わない。

死ぬことは告げず、病気のことも告げず
ひとり自分の周りの整理を始める。
恋人に別れを告げる。

そしてデジカメで写真を撮り続ける。
恋人の寝顔、姉の子供、姉の笑顔。
もうすぐ死ぬ人が写真を撮ってどうするのか?
でも彼は写真を撮ってるんじゃないんだな。
きっとあれって今を生きてることの確認。
手が震えてるからね、あれじゃぶれてるよ。
撮った写真に意味があるんじゃなくて
撮りたいと思う被写体への気持ちの再確認。


もうすぐ死ぬことが解ったとしたら、わたしもきっと人には言わない。
泣き喚いたり自暴自棄になったり怒ったり悲しんだり憎んだり呪ったり、
一通りやりつくして少し気持ちが落ち着いたら
きっと誰にも言わずに時間を過ごす。
やっぱり同じように、自分の身辺を整理しながら過ごしたい。

相手に悲しまれたりすんのが嫌。
泣かれんのもやだし
優しくされんのもやだし
同情とかしてほしくない。
相手が取り乱したら、自分もきっと取り乱す。
毅然としていたいのに、毅然としていられない。
たぶん、ますます恐くなる。
現実に耐えられなくなる。
きっと怯え続けて、死を待つしかなくなる。
それは嫌だな。

a0035483_5144091.jpgロマンが病気のことを唯一言えたのが、離れて住んでるおばあちゃん。
これがジャンヌ・モローなのですよ。

ふとした立ち振る舞いに、
例えば翌朝ロマンを見送るとき、
車横でロマンにハグしようとして伸ばした腕、とか
そういうちょっとした仕草にオーラが宿っていて、
そんな一瞬の煌きに魅せられてしまった。

ロマンの話を聞いた夜、
ジャンヌ・モローが「今あなたと一緒に死にたい」
みたいなことを言うんだけど、それがすごい泣けた。
「今この瞬間にこの人と死にたい」と思うときって、
なんていうか 哀しいけどでも幸せだと思うから。
そして一緒に死ねないことはよく判ってるから。
あと、お姉ちゃんと子供の写真撮るとこと
一度別れた恋人に会って
もう一度寝たい、と言って断られるとこがわたし的にポイントだったなー。

死ぬ前に身辺を片すこと、
それってつまり全ての目盛りをゼロまで戻すことに思えた。
少なくても、ロマンがはじめ取っていた行動は。
でも彼は、目盛りをプラスにしてから死ぬことに決める。
そして海辺のラスト。
いかにもオゾンなかんじだけど、いい映画でした。

time to leave→ぼくを葬る(おくる)、って
ひさびさにいい邦題だな。
ボクオク.jpはだめだけど。

『ぼくを葬る』オフィシャル縦書き!新しいけどでも似合う。
フランソワ・オゾン オフィシャル
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by manamizw | 2006-05-27 06:04 | cinefil